7月27日(日) はんきゅうと ”空白の1か月”
2019年7月28日(日) 天気:晴
こんにちは。はんきゅうとです。
Twitterから来てくれた方は、僕の事を心配してくれた心優しい人に違いありません。
ありがとうございます…!
先に言っておきます。めっちゃ長いです…!
“テストで忙しくてそれどころじゃない!”というそこの貴方。
はっきり言います。これ読むの時間の無駄です。
他人の心配する前に自分の心配をしてあげて下さい。
“それでも読みたい!”という貴方。
途中で飽きるかもしれません。
ただ、ブレにぶれた1か月と一生の中でも1、2を争うであろう挫折を経て、今の僕が思うことをできるだけ全力で書いています。
できるだけ温かい目で見守ってやって下さい。
けど、その前に農ボラの活動報告をしますね。
今回の農ボラは、テスト前ということもあって少人数。代表のぐっちーと1回生のそーちゃんと一緒に本田さんのところへ農ボラに行きました。
作業内容は黒枝豆の畑の雑草抜き。苗の近くに植わっている所には除草剤は撒けないので、基本は手作業です。うだるような暑さの中で協力しながら雑草を抜き続けました。
偉大な先輩方がおっしゃっていた言葉に、“農ボラはスポーツ”という格言があります。
日頃の運動不足を農作業で解消して、それが地域の方々の助けになっている。まさにこの言葉は的を射ているなと思います。大変だったけど、気持ちのいい汗をかくことができました!
さて、本題に移りましょう。
私は、先月末に“篠山には行かない”というある種の“引退宣言”を行いました。
その理由は、自分の将来のキャリア設計にありました。
多くの方がご存知のように、かつての僕の将来の夢は“阪急電車の運転士になること”と“鉄道業界を次の100年にも残していくこと”でした。そして大学に入学した当初は、阪急に入社することだけが自分の夢を叶える唯一の道だと本気で思っていたし、自分のアイデンティティと言っても過言ではありませんでした。
しかし、にしき恋に入って篠山に触れる機会が増えた事で、自分も知らない“自分”を知る事が出来ました。
それは、僕は故郷である“徳島”が実は大好きだということです。
それは、僕にとっては都会より田舎の方が暮らしやすいということです。
正直に言って大学に来る時、僕は徳島があまり好きではありませんでした。
田舎なんて2度と嫌だ!電車のない県なんて絶対に帰って来るもんか!
そう思っていました。
篠山にもこんなに来るようになるなんて、微塵にも思っていませんでした。
だけど、篠山に初めて来てからちょうど1年が経つ今、思い返すと、
美味い篠山の空気。
いつでも温かく迎えてくれる農家さんや地域の皆さん。
個性に溢れたかけがいのない仲間。
たくさんの出会いに恵まれた、そんな1年でした。
そして、そこで徳島での経験・生活を話しているうちに篠山と徳島を比較するようになりました。
ここは、徳島が勝ってんな~
いや、ここは篠山を見習うべきやな…。
そんな風に見ていると、かつて思っていた徳島のイメージが随分と変わってきました。
かつて、
“人口も減って、何の取柄もなく電車も走ってない県。”と思っていたのが、
“悪いところもあり、良いところもある。ただ良いところがアピールできていない県。”
そう思うようになりました。そしていつしか、
“徳島や四国の為に自分の経験や知恵を生かして働くのもいいな”
そう思うまでになりました。
しかし、3年生になって、阪急・阪神HDのインターンの申込が始まった時改めて考えました。
“自分にとって大切なものとは一体何なのか?”
最終的に6月末に僕が下した判断は、“阪急に行くこと”でした。
もちろん、篠山での経験は自分にとって刺激的なものでした。しかしそれ以上に、皆が思っている以上に、阪急は僕のアイデンティティでした。
そして、そう思う中で篠山に行っても、篠山での時間や農ボラを楽しめていない自分がいました。
そんな葛藤の中で決めたのが、“篠山にはもう行かない”という事でした。
篠山での楽しい時間がずっと続く訳ではない。
本気で楽しめないならば行く必要はない。
自分の夢は都会で仕事をすることだ。
田舎という空間に甘えているんじゃないのか。
1か月前の当時はそんなことを思っていました。
その後7月上旬、
阪急から送られてきたES動画の結果は“落選”でした。
あー、そうなんか。最初の感想はそんなものでした。
動画提出の様式が把握できていなくて、あまり良くないES動画の出来になってしまったな。
とは思っていたものの、二次選考に移る間もなく落ちたことで当初、そんなにショックはありませんでした。
だけど時間を経るにつれて、
“あ…、俺落とされたのか。不必要だと思われたのか…。”
そう思うと、
今まで自分の中にあった何かが一気に崩れていくような実感を覚えました。
何のために20年も生きてきたのか。
じぶんはそんなに価値のない人間なのか。
辛い。
何も考えれなくなりました。
恐らく、大学1年の僕なら・・・・・・・・。
だけど、今の僕は違いました。もう一度自分の人生を自分に問うことにしました。
“自分のキャリアでなし得たいものは何か?”
僕の答えは、
“鉄道を愛して、沿線の地域とともに生きる事”です。
僕は物心ついた時から、鉄道が大好きな少年でした。
そんな少年は、いつしか鉄道が作る沿線・人と人の繋がりを愛するようになりました。
阪急はその入口を作ってくれた電車でした。
いつしか阪急に入ることが人生の全てだと思い込んでいました。
だけど、阪急ではなくても、その自分の夢は達成できる。
自分の力を発揮できる場所は他にもある。
そう思わせてくれたのは、
にしき恋との出会いであり、篠山で出会った全ての人達のおかげでした。
そして、今、僕はまた篠山の畑にいます。
もちろん、阪急の夢を諦めた訳ではありません。
インターンなら冬にもあります。
いつまでこの場所で草抜きできるのかは分かりません。
だけど僕は、自分の生き方に可能性を与えてくれた、にしき恋や篠山に少しでも恩返ししたい。
農ボラやマルシェを通じて、もっと深く地域貢献を行っていきたい。
だから、僕はまだ引退なんてしません。もっと篠山の為に頑張りたいと思います。
僕たちを待ってくれている農家さんがいる限り。
僕を必要としてくれるメンバーや地域の方々がいる限り。
そして、にしき恋がそこにある限り。
今後のはんきゅうとに、乞うご期待下さい!!